Introduction

 フランスには大人のコメディが豊富にありますが、その中の隠れた一作が、バリエ&グレディの「Potiche ポティッシュ」でした。
 1980年にパリで上演され、物語は70年代後半、地方の傘製造会社の社長夫人の変貌をコミカルに描いています。作品は「社会の中に自分の居場所を探す女性」を描いています。作品は70年代の世情ですが、現在も変わらない、女性と社会の関係がそこにはあります。 時代が変わっても、関係が変わらない状況は日本でも全く変わりはありません。この作品は多くの女性、そして女性を対等なパートナーと考える男性に是非ご覧頂きたいと願っています。しかし、あくまでもコメディです。笑いの中の批判をお楽しみ下さい。

 演出は文学座のというより現在の日本演劇を牽引する演出家の一人、鵜山仁氏。
 70年代の空気の中で、現在を描こうという意欲で演出に取り組みます。コメディの演出の場合でも、鵜山氏の大胆な切り口が、この作品を一段と見応えある作品に仕上るのは必至です。
 そして、“飾り壺”と思われている社長夫人は、賀来千香子。従順な妻であり家庭を大事にする母、しかし隠れた実力と知られざるアバンチュールを秘めた女性。賀来千香子の存在そのままがシュザンヌ像といえます。可愛いだけではない、優れた女性を、物語の展開で見せていくことが、この作品のみどころであり、痛快なところです。
 無骨な労働者出身の共産党市長は、永島敏行。独善的な社長である夫は、役柄の幅を広げてきている井上純一。社長の愛人なのに、シュザンヌの経営手腕に魅かれて行く秘書は、遠野なぎこ。他も適材適所のキャスティングです。

Story

 とある町の、大きな傘工場の経営者夫人シュザンヌは、メイドもいる専業主婦。子育ても終わり、ポエムづくりとジョギングが日課。家事も仕事もしなくて良い、と夫に言われる“お飾りの妻”となっていました。しかし彼女は“お飾り”ではなく、素晴らしい実力を持った女性だったのです。
 シュザンヌは子育ても終わり、優雅な日々を送るが、退屈な日々を送っている社長夫人である。社会の中に自分の居場所はなく、家庭でも母としての位置は、愛されるママでしかない。
 夫のロベールは仕事最優先、シュザンヌの事など見向きもしない。彼は、秘書のナデージュを愛人にしていた。娘のジョエルは結婚し、夫を父の傘工場に勤めさせている。息子のローランは、会社の後継者になるつもりは全くなくパリ暮らし。しかし、びっくりするニュースを持って実家に帰ってきた。
 そんな時、独善的で典型的なブルジョア社長ロベールに反発する労働者が、横暴な経営を改善しろ、とストライキに入ってしまう。ロベールは、事態を収拾するどころか、悪化させ工場に軟禁状態になってしまう。
 この窮地をシュザンヌは、若い頃には交流のあった、今は共産党員の市長であるババンに、助けて貰おうと相談する。ババンの協力もあり、創業者の娘としてシュザンヌは組合との交渉に成功する。そして夫は軟禁から解放されるが心臓発作を起こしてしまう。夫のロベールに代わり、彼女シュザンヌが社長に就任するが・・・。

※原題のpoticheとは、(中国や日本の)大型陶磁器、壺や花瓶などの事だが、転じて(実質的権限のない)名誉職の人、飾り物という意味もある。

Staff

作:Barillet & Grédy
(ピエール・バリエ&ジャン=ピエール・グレディ)

訳:佐藤 康

演出:鵜山 仁

美術:乗峯雅寛

照明:古宮俊昭

音響:小林 史

衣裳:倉岡智一

舞台監督:竹内一貴

演出助手:山上 優

宣伝美術:野澤孝幸

著作権代理:フランス著作権事務所

制作:小川 浩[株式会社NLT]
  樋口正太[株式会社 博品館劇場]

Writer’s

原作
ピエール・バリエ&ジャン=ピエール・グレディ
Pierre Barillet(1923年~)
Jean-Pierre Grédy(1920年~)

 日本では、この作者バリエ&グレディの作品に触れることは難しかった。しかしハリウッド映画にもなった「サボテンの花」といえば知る人も多いだろう。ウォルター・マッソーとイングリッド・バーグマン主演のハリウッド映画の原作は、バリエ&グレディなのである。プレイボーイの歯科医マッソーと軍曹と呼ばれる堅物看護婦がバーグマン、キュートなゴールディ・ホーンも魅力の映画で、ニューヨークに舞台を移していたが紛れもないブールヴァール劇なのであった。ブロードウェイでの舞台劇が映画化されたのである。
 日本での舞台上演は、4幕のオムニバスドラマ『四季の庭』をNLTが1988年に上演している。パリのアパートの一間を舞台に、四季の移り変わりの中、季節ごとに部屋の住人が変わる、こちらは男女の機微が面白い大人の恋物語の洒落た作品だった。
 しかしバリエ&グレディの代表作は一般的にいえば『40カラット』であろう。これは40歳になる女性は40カラットの耀きを持つという意味のタイトルで、パリのキャリアウーマンと若い男の恋を描いたコメディだが、自分の娘の友人が恋人という可笑しさがあった。また1984年に書かれた「リリーとリリー」は黒柳徹子の主演で銀座セゾン劇場で1991年に上演された事も特記したい。
 ところで二人は20代の頃に出会い、共作を始めるようになった。もともと映画の脚本家だったグレディが演劇志向のバリエと出会い、第一作の「アデルの天賦の才能」は1000回を超えるロングランを飾った。その後1994年の「赤いバスローブ」まで共作を続けている。

  

ブールヴァール劇 = théâtre du boulevard

 フランスの通俗喜劇。ブールヴァールは大通りを意味するが、多くの変遷を経て今は、パリのグラン・ブールヴァール周辺の商業演劇で上演される大衆向けの通俗的な演劇をさす。18世紀末の薄幸の美女の波乱万丈の通俗劇であるメロドラマをルーツとし、その後19世紀後半の軽喜劇を経て20世紀初頭にフェド-やギドリーによって現在の概念を定着させた。これには当時の名優の力も大きく、夫、妻、愛人の三角関係を見せる通俗喜劇が多く取り上げられ、観客を楽しませる事を一番とした。時代と共に作風は変化し、苦しみや皮肉、風刺と詩情を交える事で文学性の高い作品も生まれている。

Director’s
Comment

演出
鵜山 仁

『しあわせの雨傘』のオモシロさ

 女性の社会進出とか、雇用の機会均等とか、世間でもてはやされている平等化、平準化のうねりは、ある意味で、我々の差別意識の根強さを逆証明しているのではないかと思います。『しあわせの雨傘』の女主人公、シュザンヌの痛快な大活躍を喜ぶ我々は、裏目読みをすれば、つまりは弱いものイジメ、差別が大好きなのですね。
 しかし考えてみると、人生を、そして芝居を面白くしているのは、やはり人それぞれの多様性のぶつかり合い、あえて言えば差別被差別のエネルギーではないでしょうか。
 人間の生命力の根拠は、実は女性にしろ、子供にしろ、老人にしろ、社会的弱者が自らの弱点をてこにして、強者に立ち向かう、そのヴァイタリティーにある。
 実はこのあたりが、これからの世界を、我々の未来を考える上で、重要なカギになるのかもしれない、と考えているのですが…

●慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。 文学座入所(17期)。ウィット溢れる演出術で俳優の意外な一面を引き出す手腕と、言葉から着想される膨大なイメージをあらゆる表現・素材を使って劇空間に現出させる力に定評がある。2004年、第11回読売演劇大賞の大賞・最優秀演出家賞を受賞。その後も休む間も無く傑作を生み出し続ける。2007年6月~2010年8月、新国立劇場の第四代演劇芸術監督を務める。
 主な代表作に『グリークス』(第25回紀伊國屋演劇賞団体賞)(文学座)、『コペンハーゲン』(新国立劇場/第9回読売演劇大賞優秀演出家賞)『父と暮せば』『円生と志ん生』(以上こまつ座)『ヘンリー六世』(新国立劇場)またオペラやミュージカルなどの演出も手懸ける。

Cast

賀来千香子
 
シュザンヌ(ピジョル夫人)
井上純一
 
ロベール(シュザンヌの夫)
遠野 なぎこ
 
ナデージュ(ロベールの秘書)
小泉駿也
 
ローラン(ピジョル家の息子)
𠮷越千帆
 
ジョエル(ピジョル家の娘)

永島敏行
 
モーリス・ババン(市長)

Information and Ticket

公演期間 2021年
3月4日(木)〜5月23日(日)

日程・開演時間

観劇ご希望の方

全国公演のお問い合わせは、演劇鑑賞会、市民劇場です。各団体は年間会員制で、芝居を観る団体です。
入会方法等は各主催者へお問い合わせください。お問い合わせ先はこちらをご覧ください。

制作

NLT